爆発するともう止まらない、止められない
実家で母に一通り話すと、
「耐える時代じゃない。我慢しなくていいよ。ただ、ワガママはダメだけど、あんたの言ってることはワガママなんかじゃない。」
と。
やっと吐き出せて、少し、いや、かなり気持ちが軽くなった。
けど、やっぱり、一度口に出すと止められなくなり…
その日からパパに愚痴をこぼすようになってしまった。。。
ローンの負担が大きいのに、義妹のだす食費の少ないこと。
子供をみてくれることもほとんどないのに、家事の負担だけが増えたこと。
一番言っちゃいけなかったのに、
こんな状態でも、義父に強く言えないのは、過去のパパの借金があったからだ…とも。
「そうだよね、ほんと、俺もそう思ってる。ごめんね。」と、ただ聞いてくれたけど、挟まれて、だいぶ苦しかっただろうな。
今なら分かるけど、当時は 自分だけ何でこんなに辛いんだろ と悲劇のヒロイン化していたので、
他人の気持ちを思いやる余裕さえなかった。
そんな真っ暗暗黒期にさらに。
目の前が漆黒かとなるような事態が発覚した。
溜め込もうが、耐えようが、実母は何でもお見通し!
色々なフラストレーションを抱えながら、とうとう職場復帰。
実は美容師の私、やはり定時帰りといかないこともしばしば。
4時までのはずが、予約が混みあうと5時、6時になることも。
私がパート契約なので、保育園の延長保育の申請は却下され。4時半までには二人のおチビを迎えにいかなければ…
パパが休みならまだしも、遅番の時はどうすることもできず…
義父たちに連絡しても、仕事だから、と取り合ってくれず、
どうしても抜けれない!という時は、実家の母(実家も同じ市内)にお迎えをお願いし、私の職場に連れてきてもらっていた。
そして遅くなって帰った日も、
お風呂掃除も、夕飯の支度も何も手をつけられていない…
義妹は一時間前に帰宅しているにも関わらず。
それでも、何か言うとまたワガママよばわりだろうし、
嫌な空気になるよりはいいと思い、あくせく働いた。仕事でも、家でも。
パパは沢山手伝ってくれたり、休みの日は子供を連れ出してくれたけど、
その休みでさえたまっている洗濯、掃除。
義妹が、休みのたびに旅行やエステに出かけるのを、
義父に頼まれた庭の草取りや布団干しをしながら
何とか笑顔で「いってらっしゃい」と言った。
今思うとそれも、うまく頼れない一人よがりの踏ん張りでしかなかったのだけど、
当時は ‘’いい嫁=耐える嫁” と、誰に言うこともなく、ただ一人で我慢することを美徳としてしまっていた。
そんなある日、同居を始めて半年が過ぎた頃、久々に実家に泊まりに行った。
実家に行くのも、義父はあまりいい顔をしないので、車で30分の距離でもなかなか顔は出せず…
帰った途端、母に開口一番、
「お迎えの時も思ってたけど、何キロ痩せた?
我慢しているつもりだろうけど、見た目にも、表情にもでてるよ。
無理しないで。
あんたは、あの家の嫁である前に、この子達の母親なんだから。」
と。
その日久々に測ると、今までは165センチ、50キロの体重が、42キロまで減っていた。
全身鏡を見て衝撃…
ホネカワスジ子。。。←古
そして。
そのことに今まで気付かないほど、余裕がなかった自分にも衝撃。。。
口に出すと抑えきれなさそうな負の気持ちは、胸にとどめとく
同居をはじめて三ヶ月ほどたち、
相変わらずバタバタする私と、日々成長して動きも激しくなる子供達。
そして、働いてるから、と、家ではなるべく動かない主義の義父、義妹。
それでも、料理に文句をつけたりはしないし、気が向くと子供と遊んでくれるので、
それなりに楽しく過ごしていた。
なにより、パパに同居の愚痴を話しはじめたら止まらなくなりそうで、
そしたらパパを今以上に小さくしてしまいそうで…言えなかった。
そんな中で、私の育休も終わり、来月からパートとして職場復帰することに。
だからせめて、お風呂掃除を義妹にたのみたいと、夕食の時皆に話すと、
義妹、明らかに嫌な雰囲気。
「でも、遅くなるときとかもあるし…子供達は早く入るじゃん?間に合わないと思う」
え???
あなた、遅くとも五時半には帰ってこれる事務職だよね??
私は四時半までのパート、子供を迎えいったりバタバタすると、結果五時すぎなんだけど???そんな変わらないよね?!
「でも…」と言い返そうと勇気をだすと、また義父に先手を打たれた。
「こいつ(義妹)は正社員だし、残業とかもあるだろうし、それに比べれば、パートなら融通きくだろうしワガママ言わないでやってあげれば?」
え???
私、今、ワガママ言いました????
何も言えねえ 状態です。
目まぐるしい、とは正にこの事!無賃不休の同居!
少々?いやかなり?不安だったものの、何とかスタートをきった同居。
バタバタしていて、家事分担、光熱費などの出し方を話し合わないままのスタート。
先手をきって、義父、義妹に言われた一言。
「大変だろうから、お弁当のおかずは簡単なものでいいよ!
洗濯も、二人増えただけだからそんな変わらないよね?」
と………
これから同居を始める方、ルールは事細かく決めた方がお互いのためです!!!
我が家は義父がローンをくんでくれたこともあり(パパが返すといっても)
名義的にはほぼ義父の家。
パパも借りができたせいか、ちいさ~くなってしまい………
そんな状態でつきつけられたルールを、私がどうして反論できようか…いやできない
と、いうことで。
光熱費→義父
食費、雑費→私たち夫婦
となり、義妹からは月一万(!)を食費としてもらうことに。
ちなみに、義妹、20代後半、正社員………。
家事、私。
育児、私達夫婦。
???????
?はいっぱい浮かんだけど、従うのみ。
とはいえ。
育休中といえど、ハイハイを始めた暴れん坊長男と、甘えん坊の長女の面倒を見ながらの家事育児はなかなかキツイ。
パパも子煩悩でよくみてくれるけど、不定休だし夜仕事の場合も多い…
食事の支度から皿洗い、洗濯と、バタバタする私に泣きつく子供をあやしながら。
ふとリビングを見ると、
義父はソファー(私達夫婦がセレクトショップで購入 笑)に座りテレビ。
義妹はラグに寝転がりスマホ。
泣き叫ぶ子供に見向きもせず。
あ、そうだった、この人たち、いい意味でおおらか、悪い意味でとってもズボラな人たちだった……
時すでに遅し。
不安だらけの引渡し、そして同居スタート
工務店さんの表情も曇る中、とうとう引渡しの日を迎えた。
小さな地元の銀行、最後の砦、ろうきんも事前ですでにアウト…
引渡しの日、今度は義父名義でローンを組めるかの相談に、パパと義父は銀行に向かったので、
工務店さんも鍵と書類を渡してすぐ退散。
子供二人と私、新築の我が家に取り残され。
明るい内装にこだわったつもりが、何となく薄暗いような…
物悲しい雰囲気が漂っている、ような感じがしたのを今でも覚えてる。
でも、自営業である程度の収入のある義父のおかげで。
還暦をすぎているため、期間は予定の半分にはなるけど、ローンを組めることになり。
その額を毎月パパの口座から義父の口座へと、自動引落することに。
ただ、期間が短くなる=毎月の返済額大幅UP!!
当初の予定より4万ほど上がり…
まだ二番目の子の育休中だったため、どう家計を維持するか不安が募るばかり。
それでもお金を工面してくれた義父に感謝しつつ、とにかくやるしかない、とスタートを切ったのです。
今思うと全て無意味な話し合い
アパートに帰ると、ただただうつむいたパパがいた。
私「聞いたよ。」
パ「うん…本当にごめん。」
ごめんじゃねえよ。
謝るくらいなら建てる前に話せ!
いや、結婚前に汚点は話しとけ!
と叫びたいのを必死でこらえ、
「でも、審査通らなくて一番傷ついてるのはパパだろうし、今は過去のことをグダグダ言ってる場合じゃないから、今後を考えよ。
だけど、こうゆうことは隠さずちゃんと言ってほしかった。
夫婦だもん。」
とだけ伝えた。
そもそも幼子の前で喧嘩したくなかったから、罵声は吐かず 笑
パ「ありがとう!これからは絶対に隠し事はしない!ローンも、もう少し審査のゆるい銀行に申し込んでみる!」
と、何とか前向きに話し合いを終えた。
しかし。
審査のゆるいはずの銀行も、事前審査で落ち………
あれよあれよというまに、一週間後に引き渡しを迎えた。
新たなスタートをただ笑顔で迎える、とはいかなかった。
違和感の正体。
???
理解できず、言葉がでない私。すると、
「もしかして、まだ聞いてない?あいつ(パパ)ローン審査通らなかったんだよ…」
と義父。
え???
驚きで言葉もでない私に更に。
「あいつ、大学のころスロットにはまって借金つくって、その時のは俺が返してやったんだけど、何回か返済延滞してたみたいで、その記録が残ってたんだと。」
は???
たまにスロットしてるのは知ってるけど、借金するほどはまってたの?
銀行の事前打ち合わせの時、借金歴とか聞かれてたよね?無いって堂々と言ってたよね?!
借金返してやったとか義父さん!自分で責任とらせろよ!
てかそうゆうの建てる前に教えてよ!!!
むしろ結婚前に教えろよ!!!
…………言えないだろうけどさ。
怒り?悲しみ??色々湧き出てきたけど、その時はまず気持ちを落ち着かせて、
ひとまず、今後どうやってお金を工面するかが優先なので、義父含め早急に話し合うことに。
その前に、夫婦の話し合い。
急いでパパが帰ってるはずのアパートに向かった。